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名古屋高等裁判所 昭和31年(ラ)33号 決定

抗告人 稲生清右衛門 代理人 森田久治郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、原決定を取り消し、抗告人申請の債権差押並びに取立命令あらむことを求めると申し立てた。その理由の要旨は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

按ずるに、本件記録と名古屋地方裁判所半田支部昭和三十年(ヨ)第一〇号債権仮差押命令申請事件及び同裁判所支部同年(ル)第二号債権差押並びに転付命令申請事件の各記録とによれば、

一、抗告人は、竹内宗一が有限会社西脇蒲団店に宛て振り出し抗告人において同会社より裏書譲渡を受けた金十四万円の約束手形債権の執行保全のため、右宗一の愛知県に対する県道改修工事請負残代金二十二万円のうち金十四万円の債権に対し仮差押をし、その命令の送達を受けた愛知県においては昭和三十年六月十五日宗一に対し右代金二十二万円のうち仮差押から除外された部分金八万円を支払つたこと、

一、他方、岩川亨外九名は、右宗一に雇われて前記県道改修工事に従事した人夫賃の債権につき半田簡易裁判所同年(イ)第一四号人夫賃請求和解事件において宗一との間に成立した和解調書の執行力ある正本に基く債権のうち合計金十四万円の未払残債権の強制執行として、前記仮差押債権に対する差押並びに転付命令を申請し、同年六月二十八日その旨の命令があつて、間もなくその命令が宗一及び愛知県に送達されたこと、

一、愛知県においては、宗一に対する前記金十四万円の債務につき叙上のように仮差押と差押とが競合したので、同年八月十五日金十四万円を名古屋法務局に供託したこと、

一、抗告人は、前記約束手形債権の本案訴訟において勝訴した確定判決の執行力ある正本に基く債権の強制執行のため、宗一を債務者とし、国(前記法務局)を第三債務者として、昭和三十一年三月三十日前記供託金十四万円の返還請求権に対する差押並びに取立命令を原審に申請したけれども、原審が右人夫賃債権に優先権があるから前記転付命令は有効である旨を判示して、右申請却下の決定をしたので、これに対して本件即時抗告をしたこと

が明かである。

抗告理由第一点について

本件のように、假差押をした債権に対し、假差押債権者以外の執行債権者の申請により転付命令があつた場合においても、その執行債権者の債務者に対する債権が假差押債権者の右債務者に対する債権に比して優先権のあるものであるときは、右の転付命令は有効であると解すべきであるから(大審院明治四三年(オ)第三八三号明治四四年五月四日民事連合部判決、同昭和六年(オ)第二七三七号昭和七年六月一四日民事第二部判決等参照)、論旨は理由がない。

同第二点について

前顕人夫賃請求和解事件の記録によれば、岩川亨外九名は、人夫賃を一名につき一日金四百五十円とし毎月末日にその月分を一括して支払を受けるという約束で、土木建築請負業を営む右宗一に雇われて、昭和三十年三月より同年五月までの間同人の請負にかかる前記県道改修工事の労務に服したが、右人夫賃の支払を受けることができなかつたので、同年六月九日宗一を相手方として半田簡易裁判所に和解の申立をし、その手続において当事者は、和解をし、右十名に対して宗一の支払うべき人夫賃額を一名ごとに確定して、これを同月二十日までに支払うべきものとし、その旨記載して前記和解調書が作成されたことをうかがい知ることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そして右人夫賃債権は民法第三百六条にいわゆる雇人の給料債権にあたるものと解すべく、しかも右人夫賃未払残金十四万円が同法第三百八条所定の最後の六カ月間の給料の範囲内のものであることは前記認定によつて明白であるので、右債権については宗一の総財産の上に一般の先取特権があるものというべきであるが、抗告人の前記約束手形債権が特段の優先権を有するものであることを認めることはできないから、岩川亨外九名の右人夫賃債権は、抗告人の約束手形債権に優先して、宗一の前記請負残代金債権により、したがつて前記供託金返還請求権により弁済を受けることができるものである。

もつとも民法の右各法条にいわゆる雇人の意義については、雇傭契約に基き継続的に労務を供給する者をいう、と広く解する説と、そのような労務者のうち家庭的労務者その他の雇主との間に主従関係、従属関係のある者をさす、と狭く解する説(例、大審院昭和三年(オ)第四七五号昭和三年六月二日民事第三部判決)とがある。しかしながら、雇人の給料は、比較的に小額のものが多いけれども、雇人自身にとつてはその生計上極めて重大な意義を有するものである。それにもかかわらず、雇人の地位は雇主に比して一般に弱く、雇人がその給料債権について雇主に対し担保権の設定を請求して債権の履行確保を図るというようなことも期待し得ない状況にある関係上、民法は、社会政策的考慮から特に雇人を保護して、給料債権に一般の先取特権を附与したものと見るべく、しかもこのような雇人保護の必要性は雇主と主従の関係にある労務者とその他の労務者との間に大差がないものと思われるので、雇人の意義を広く解する説が正当であるといわなければならない。

商法第二百九十五条有限会社法第四十六条等によれば、株式会社、有限会社等の使用人は雇傭契約上の債権につき一般の先取特権を有するが、もし民法第三百六条第三百八条の雇人の意義を前記のように狭く解する説に従うときは、株式会社、有限会社等以外の会社その他の法人または個人が経営する店舗工場等の使用人の大部分は、その給料債権につき一般の先取特権を有しないと解せられる結果、株式会社、有限会社等の使用人に比しても、はたまた家庭的労務者に比しても、劣勢な地位にあることとなり、著しく均衡を失するに至るので、この点から考えても、雇人の意義を広く解する説が正当であると思われる。そして岩川亨外九名は、前記のように宗一に雇われて三カ月にわたり県道改修工事の労務に服したのであるから、雇傭契約に基き継続的に労務を供給したものとして、民法の前記各法条にいわゆる雇人にあたるものと解すべきである。

この点に関する論旨も理由がない。

同第三点について

本件のように債権に対する差押命令等の申請があつた場合、執行裁判所がその許否を決定するにつきその債権が民事訴訟法第六百十八条等によつて差押の禁止されたものでないかどうかを審理し得ることについては疑問の余地がない。この場合、右債権に対し既に転付命令が有効に発せられているときは、これに対し更に差押命令等を発することは許されないから、執行裁判所は、転付命令が有効に発せられている事実の有無についても前記同様審理し得るものというべく、更に既に転付命令が発せられていて、しかもその効力が本件のようにその命令を申請した執行債権者の執行債権に優先権があるか否かによつて決せられるときは、その優先権の有無についても審理し得るものと解するのが相当である。もつとも、その執行債権の内容、特に優先権の有無等については、その債権の存在を確定した債務名義を調査して判断すべきものであるけれども、債務名義の記載が不完全である場合には、これを補充する範囲において他の資料をも調査参しやくすることができるものといわなければならない。以上は、執行裁判所の許否の決定に対し抗告があつた場合の抗告裁判所においても同様である。したがつて論旨は理由なきに帰する。

その他職権をもつて調査しても、原決定に違法または不当の点があることを発見することはできない。

原決定は正当であり、本件抗告は理由がないので、これを棄却すべく、民事訴訟法第四百十四条第三百八十四条により、主文のとおり決定をする。

(裁判長裁判官 北野孝一 裁判官 大友要助 裁判官 吉田彰)

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